症例

ある日こんな猫ちゃんがやってきました。

「両前足が腫れて痛そうです。」

身体検査をしてみると確かに前足の爪と皮膚の間が腫れて膿んでいます。とても痛いのか触られるの嫌がります。

症例は日本猫の男の子,去勢済み,3歳(体重 5.8 kg ちょっとむっちり)

 今までにいわゆるネコ風邪と呼ばれる鼻水が出たことがあるくらいで大きな病気はしたことがない元気な子です。

血液検査と肺のレントゲン検査(肺に病気があると手が腫れることがあるので必要な検査です。)をしましたが,両手の爪以外に異常はありませんでした。

この時点で皮膚の感染症あるは自己免疫疾患が疑われました。

 

治療法 

抗生物質とステロイド(プレドニゾロン)で治療を開始し,2週間程度で症状が改善したため,抗生物質を休薬,ステロイドを漸減しました。

しかし2か月後に症状が再発してしまいました。さらに今回は新たに鼻の頭にびらんが出来てしまいました。治療は前回と同様に抗生物質とステロイドで治療しましたが症状の改善と悪化を繰り返すようになってしまいました。(シクロスポリンと呼ばれる免疫抑制剤も併用しようとしましたが,軟便や下痢,嗜好性の低さなどにより投薬を継続することができませんでした。)

定期的な血液検査においてステロイド薬服用によるものと思われる肝酵素,中性脂肪の上昇と,増量したプレドニゾロンでも改善みられなくなりました。今後の治療を自信をもって行うため飼い主様の同意を頂き病変部の皮膚生検を実施させていただきました。

皮膚病理検査による組織学的診断は 深層性皮膚炎,落葉状天疱瘡あるいはこれに準じた免疫介在性皮膚疾患の可能性が強く疑われる という結果でした。

 落葉状天疱瘡と呼ばれる自己免疫疾患の可能性が示唆されたことで自信をもってステロイドを使用することができました。また,プレドニゾロンが効果がない時に治療反応が得られる場合がある別のステロイド製剤,トリアムシノロンに変更したことで症状の改善がみられました。幸いなことに現在,副作用が出ないような低用量まで漸減できており,症状もコントロールできています。

 

コメント

 皮膚天疱瘡とは自身の表皮細胞を免疫が攻撃してしまう自己免疫疾患の一つです。猫における好発品種や性差,年齢差はないといわれています。症状としては今回のように皮膚にかさぶたやびらんができることが多く,好発部位は頭部,顔面および耳であり,左右対称なことが多いです。また,爪床,肉球にできることもよくあるようです。痛みや痒みは軽度~重度と個体差があります。

 この病気は膿疱内容物や痂疲の中に多数の好中球や表皮細胞が免疫細胞に攻撃されて剥がれ落ちることで生じる棘融解細胞と呼ばれる細胞が認められます。ただし,疥癬や皮膚糸状菌症などの類似感染疾患を除外する必要があります。確定診断を出すには皮膚病理組織学的検査を実施しなければなりません。

 治療はグルココルチコイド製剤(ステロイド)が主体となり,そのほかに免疫抑制薬やステロイド外用薬の使用があります。多くが治療に反応しますが,再発することが多く,長期にわたって治療が必要になります。また,一種類のステロイド治療で治療に反応しない場合でも,別の種類のステロイドに変更することで奏功することがあるようです。。